「歯科医学へのシュタイナー的アプローチの可能性」
はじめに
私は、川崎市で開業して20年になる歯科医師である。地域で生活者の予防歯科を推進する立場から、シュタイナー医学を導入した歯科医療が必要であると感じるようになった。日本の医療保険制度は旧西ドイツの制度を参考に、1973年に健康保険法が、1948年に国民健康保険法が施行された。1961年に国民健康保険の全面実施が行われ「国民皆保険」となり、高度成長期の日本人の健康維持に大きく貢献した。国民皆保険制度は、現代の日本国民にとっても不可欠な制度だが、成立から50年あまりの月日を経て、さまざまな制度疲労を起こしている。この背景には、医療技術の進歩が疾病構造の変化、少子高齢化を背景に、医療に対する生活者のニーズが変化したことがある。歯科医療も例外ではない。1980年ごろには既にむし歯という疾患が、その感染予防が可能であることが解明され、むし歯は予防が可能な疾患となった。
成人の予防処置の効果はもちろん、特に小児期に、歯の健康管理というケア中心の予防を徹底して行うことで、むし歯という感染症に罹患する率が下がり、将来的な歯科医療費が削減できることも自明になった。また生活者のQOLもあがる。
しかし、健康保険制度は、疾病構造の変化や予防中心の医療を進める姿勢には逆行する旧態然とした診療体系を固辞しており、歯科予防には経済的な裏付けがない。このため日本の歯科医院では先進国よりはるかに遅れた、削る、詰める、抜く、入れ歯にするという治療がいまだに主流となっている。
私が学生の頃虫歯はこう診断し、このような方法で治療する。ということは教えられても、こういった方法で虫歯にならないようにする。ということはほとんど教えてもらった記憶がない。また同じ歯でも年齢によってアプローチの方法は異なると思われるがそういった配慮はほとんどなされていない。こういった疑問の中、今井教授の講義で、シュタイナー教育の考えかたにであった。またシュタイナーは医学にも言及していることを知った。私はシュタイナー医学の理論を取り入れれば、もう少し生体にマイルドで年齢に応じた歯科医療が行えるのではないかと考えるようになった。
現行の歯科診療報酬体系では、予防処置が保険外診療であるために、経済的理由により予防処置を受けられる人と受けられない人に格差が生じている。これは特に日本の子供たちの未来により深刻な影響を及ぼすことになるだろう。
また、生活保護世帯の子供に対しては、医療費が無料であるために歯を安易に削る治療を行う傾向もある。成人前の子供たちに、医療や教育を受ける基本的な権利を保障することが、健全な社会を構築するための前提ではないだろうか。
こういった予防歯科推進のモデルになるのが、予防歯科先進国フィンランドの実例である。私は1997年にフィンランドの歯科医療を視察し、予防が主流となっているフィンランドの歯科医療に衝撃を受けた。フィンランドでは、予防に重点を置いた20歳以下の歯科医療費はほぼ無料で、12歳の子供の1人当たりの虫歯本数は(治療した歯を含む)は1本以下と少ない。
先進国の試みを踏まえ、私も川崎市の保健センターで障害者歯科を行った際に、フィンランド型の虫歯予防処置をとりいれた経験を持つ。この試みは朝日新聞でも紹介された。この結果、障害者であっても十分口腔内の健康は保たれることは証明され、現在川崎市の4つの歯科保健センターでは、障害者の虫歯予防処置が行われるようになった。私は歯科医師の立場から、むし歯予防先進国フィンランドの情報も視野にいれ、日本の歯科医療を、予防中心にパラダイムシフトするための医療政策についてシュタイナーの考えを取り入れながら考察していきたい。