「歯科医学へのシュタイナー的アプローチの可能性」第一章 第四節

第四節 歯科医療の問題点

現在の歯科医療は局所に多くの目を向ける傾向が強い。つまり口腔内、しかも歯に集中している。年齢、患者の全身状態、精神状態など本来多くのものを診なければならないが、いまだに削る、詰める、抜く、入れ歯にするという治療が主流となっている。さらに日本の国民皆保険制度はそれらを後押ししている。本来患者のナラティブ、つまり問診をする時間を多くとらなければならない。しかし問診は保険点数として請求できないために、歯科医院で十分な問診がなされていないのが現状である。そこで今回は年齢にスポットを当てて、その年齢に応じて歯科医療に必要な要素について、シュタイナー的アプローチを踏まえ書きだしてみた。

私が学生だった1980年代、このむし歯はこう削ってこう詰める。とは教えられてもこうすればむし歯にならない。ということを教わった記憶はほとんどない。口腔癌もこのように治療するということは教えられても、こうすれば予防できると教わった記憶がない。歯科医学教育自体が疾病療養(病気ができてから治療する)型なのである。どのようにしたらむし歯にならないのか?どのようにしたら口腔癌や歯周病にならないのか?患者のニーズはこちらにあるのではないだろうか。実際私の診療室を訪れる6割は健康管理のために予防処置で来院している。子供を連れて家族ぐるみで受信する家族も多い。残念ながら保険は効かないので自費扱いとなる。

私は1997年フィンランドのトゥルク大学歯学部の国際予防研究所で1週間にわたり歯科の予防処置における集中講義を受けたことがある。このときの衝撃は今もって忘れられない。小児の虫歯予防、歯周病の予防、矯正の予防、顎関節症、口腔癌の予防など、歯科疾患全ての予防処置についての講義であった。日本においては小児の虫歯の処置、歯槽膿漏の人のための歯周病の手術法、歯並びが悪い人の矯正治療の方法、顎関節症の治療法、口腔癌の治療法は大学で教えられたが、これらの疾患を予防する方法について講義を受けた記憶がほとんどない。国家試験もほとんどが治療法について出題されている。1997年当時私に予防の知識はほとんどなく、フィンランド、トゥルク大学歯学部の教授陣が何か大切なことを話しているのはわかったが、私には内容がさっぱり理解できず、翌年に同じ講義をもう一度受け直さなければならなかったのを今でも覚えている。患者にとって、どちらの国の歯科医師に処置を受けた方がいいかは明確であった。1997年当時、12歳児の1人平均虫歯経験率は日本では4.2本、フィンランドでは0.9本であった。これは社会制度の違いで起こっている。歯科医師の腕の差や能力の差があるからではない。どちらの国民の口の中のQOLが高いかは明白である。このときフィンランド、トゥルク大学教授カウコ・K・マキネン先生から見せられた1枚のスライドは衝撃的であった。子供の第一大臼歯C2のむし歯が見事に再石灰化し象牙質の表面は硬くなり、むし歯の進行が止まっていた。表層のエナメル質ならまだしもその下の象牙質まで再石灰化していた。本来ここまでほっておかずに治療するべきだという批判も多くあったようだ、しかしマキネン教授が研究した場所は中南米のベリーズで歯科医師は少なく、治療といえば抜歯しかないという特殊な地域であった。ここはサトウキビの原産地で砂糖が安く手に入るために安価な砂糖菓子が多く、12歳児の平均の虫歯数は10本以上だった。ここにキシリトールの臨床研究のために小学生の子供たちにキシリトールのガムを食べてもらったのだ。砂糖の代わりに白樺のウッドチップから作ったキシリトールガムを噛んでもらったことで、自然治癒力が働くようになり、再石灰化がおこったのだ。のちに私も追試して同じ事実を確認している。したがってむし歯の治療方針も変えなければならない。むし歯を見つけたらすぐに虫歯を削るのではなく、一定期間再石灰化をはかり、経過観察をした後、むし歯がすすんでいくようなら初めて歯を削るという行為をしなければならない。とくに削っていない歯の場合はできるだけ削らない努力をしなければならない。自然治癒力に期待し、歯科医師はそれを手助けし、再石灰化した後で必要があれば穴を埋めれば予後はいい。

とは言うもののこの講義を受けた時、自分たちが一生懸命予防歯科をやればやるほど自分たちの仕事が無くなり、失業するのではないかと恐れたこともあった。歯科医師の努力が自分たちの仕事を無くす、と考えた歯科医師は実際多かった。しかし実際にやってみると患者の口腔内はよくなり、歯科医院には歯科的健常者が多く来院するようになり、歯科医院は繁栄した。そればかりではない、歯を削らなくなったおかげで診療室はさらに清潔になり、技工料金、材料費が下がったことにより、歯科医院の経営はさらに楽になった。

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